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ホームページのリニューアル案:自己PR編

私は昭和43年に岐阜県で生まれました。現在43歳です。

両親と妹・弟の5人家族。のんびりとした田舎で、のびのびと育ちました。

父は会社員、大型免許をもっていたこともあって、結構いいサラリーをもらっていた様子。しかし、私が小学校2年生くらいのときに、副業として印刷業を自宅でやり始めました。

なぜかというと、知的障害を持つ弟に手に職をつけてやりたい、と考えたからです。 昼は会社員、夜と土日は自宅で印刷業、そんな働きづめの父親とそれをサポートする母親、そんな両親をみて私たちは育ってきました。

当時、一戸建てを構えたばかりの我が家、そんなときに印刷機械等も購入し、きっと資金繰りも大変だったでしょう。しかし、そんなことはすこしも顔に出すことなく、両親は働いておりました。

その後、父は脱サラし、印刷業一本で勝負します。母は別に喫茶店を開業しました。

しかし、世の中は甘くはありません。

徐々に生活も苦しくなってきます。夫婦喧嘩も多くなってきます。家族の雰囲気も悪くなってきます。でも、私たち子どもにはどうしようもありませんでした。

そんななかでも両親は私を大学まで行かせてくれました。しかし、大学2年のとき、とうとう我が家は自宅を手放すことになります。
両親が自営業であったことは、私がその後公認会計士の道へとすすむひとつの理由であったと思います。

両親は、家計が苦しいことなど一言も私たち子どもには言いませんでした。子どもたちに心配をかけたくなかったのでしょう、でも、いくら幼かったとはいえ、私は本当のことを言って欲しかった、今でもそう思っています。

父は勤勉で仕事もまじめに取り組む人です。この人なら仕事をまかせても大丈夫、周りからそういうふうにみられる人です。母は社交的でオープンな性格、友達が多い人です。よく相談相手にもなっていたようです。

ですから、両親がそれぞれ携わっていた仕事は、本人たちにとても向いている職業だと、今から思うとそう感じます。

それぞれ本当に一生懸命働いていました。

でも事業は失敗した。それはなぜか。

そこがよくわからなかったのです。

・儲かっているのかいないのか、わからない。
・儲かっているのかいないのか、説明できない。
・儲かった金がどこにいっているのか、わからない。

さすがにこれはいけません。

聞いても返事が来ない、あるいは納得できない、そうなると聞くほうもやがて聞かなくなってしまいます。

ですので、真相のところは私もいまだにわかりません。聞くこともしていません。

しかし、小さい頃からおそらく私の潜在意識の中に、このような状況ではいけない、という暗示がかかっていたとしか思えないのです。

事業を行っていくうえで、

・業績の管理と
・その説明能力と
・資金の把握、

これは不可欠であること。これを中小企業者に伝えていく・教育していくこと、これが私のミッションなのかもしれません。

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